2020 4/16
ふと思い立って、日記でもつけてみようかと。 今は世界中が新型コロナウィルスで大変なことになっている。 これは歴史に残る大事件になるだろう。 そんなタイミングで感染が大爆発したNYにいるという この状況で、できる限り何かを書いてみたほうがいいかもしれないと。 これは特に人に見せる用の日記ではない。 でも見られてもいい。それくらいの感じ。
もはや感染の中心地的になってしまったNYだけど、 普段の生活は、なんとものどかだ。 外出が制限され、ほとんどのビジネスがストップしているから 出かける用事もない。週3日のInfinite Objectsの仕事はリモート。 その日だけ隣のブロックのスタジオ(徒歩5分)に行って仕事をする。 後は、家にいるか、近所のGreen Wood Cemeteryに散歩に行く。 普段よりも多く聞こえる(気のせいかもしれないけど)車のサイレンの音。 今の自分の日常は穏やかなもんだけど、どこかでは病気と闘っている人たちがたくさんいる。 自分だっていつかかるか分からない。 そんな緊張感は常にありつつ、とにかく籠っているしかできることがないので、そうする。
今は感染のピークが過ぎ、とはいっても何かが急激に変わるわけでもない。 すぐにパーティを開いて、人と集まることだってできない。 これからの New Normal を考えていかなくてはいけないとよく言われるし、そう思う。 沢山の人が亡くなり、辛い思いをし、その事は考えるだけで辛い。 でも、どこかでこんな不条理も人類や地球環境に対して、今までのやり方を見直す チャンスでもある、とも言える。 また元の同じ状態に戻ったらいい、とは思えない。 時代の先端を進む現代人という、まるで特権的なポジションに立っているかの様に 錯覚していた人類が、歴史上何度も繰り返されてきた パンデミックや、自然に翻弄されてきたという、繰り返しから抜けられるわけもなく、 大きな歴史の中の凡庸な存在だと、気がつくべきだ。
人類はもっと謙虚にならないといけない。 知性によって積み上げてきた、文化というソフトウェアにばかり酔いしれず、 自然というハードウェアについても、同様に考えていかないといけない。
そんなことを、生きている人間がほとんどいない広大な自然の中の Green Wood Cemeteryの丘の上から遠くにそびえ立つマンハッタンのビル群を眺めながら しみじみと感じ入ってしまう。
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