「よくないと思います」と彼女は言った

中学生の時、学校の校則が「男子は五分刈り以下」つまり全員坊主だった。今時こんな学校は存在しないと信じたいが、80年代の埼玉にはまだそんな軍隊のような学校があったのだ。

そこで僕は髪を切らないことにしていた。

この話は実はかなり長くなる上に、いまだにトラウマティックな感情を引きずっていて、あまり人に話しことはない。しかし埼玉の片田舎で、学校のルールに歯向かえば、大変な目にあう。この辺りの話は面白いネタがたくさんあるので、そのうち書く。

その中で一つ印象に残った出来事がある。そんな感じで、悪目立ちしていた僕だけど、担任の教師がリベラルな人だった2年生くらいの頃に、なんとなくの流れで生徒会の選挙に立候補することになってしまったのだ。今思うと、僕は全く希望していなかったけれど、担任に「言いたいことがあるのなら、選挙に出て言ったらいい」とそそのかされて、気が進まないままに、一番責任がなさそうな「書記」に立候補した。

体育館で行われた演説みたいな会があって、そこで一人だけ髪を伸ばした男子が全校生徒の前に晒された訳だ。おそらくみんな噂では知っていたとは思うけど、コレがあいつか、一気に周知されてしまった。

演説の後に質疑のコーナーがあって、そこで立候補した全員にある質問が投げかけられた。 それは「千房くんは、学校のルールを守っていない。そんな人間が生徒会に立候補することについてどう思うか」

生徒会に立候補する面々とは、すでに話しあう会があって、お互い知り合っていた。そこでは僕の行動は受け入れられていたのを知っていた。壇上に並んで座っている候補が端から順番に席を立って、ステージ中央のマイクに向かって答えていく。最初に答えた人はこう言った「よくないと思います」

すると続く次の人も「よくないと思います」と答え、その次の人も「よくないと思います」と答えた。

僕の隣に座っていた同じクラスから立候補していた女の子は半分パニックになっていて、自分の番が来るまで僕に向かって「いいよね、いいんだよね?」と何度も呪文のように繰り返していた。その子が席を立ってマイクに向かって言った言葉は「よくないと思います」だった。

この一連の流れを見て、僕は特にショックを受けたりは全くしなかった。なんとなく、まぁそうだよね。という、こんな踏み絵みたいなことをやらされたら、わざわざ自分の身を危険に晒すようなことする必要ないよね、と冷静に事の次第を見ていた。

最後に生徒会長に立候補していた、野球部の男子がマイクに立って答えた「僕は、千房くんが信念を持ってやっているのなら、いいと思う」

後日その男子は、先輩からボコられたと聞いた。

結局最後の彼以外は、全員「よくないと思います」と答えた訳だ。それも一字一句違わず。こんなことが埼玉の片田舎の中学校で起こったものだから、それはまぁスキャンダルな訳で。翌日から学校の超有名人になってしまい、ついたあだ名は「長髪」、ちなみにその時の髪型は坊主よりは長いけど、10cmくらいしかないので、世間でいう「長髪」とは程遠い訳だがw、学校を歩いているとあちこちから「長髪だ」「長髪だ」と囁き声が聞こえて来るという。

さらに不良から目をつけられて、通学途中に物陰に連れて行かれてボンタン(当時不良が履いていたダブダブのパンツ)を履けと脅されたり。なんで彼らは僕にボンタンを履いて欲しかったのか全く理解できなかったけど、好きじゃないのでと丁重にお断りしました。

しかしあの「よくないと思います」コンボはいまだに忘れない。別に腹立たしかったとかそういうのでもない。自分自身が特に高い意識を持って立候補していたわけではなかったこともあって、彼らにも特に何も期待してなかったのかもしれない。しかし最後に答えた野球部の彼だけは、僕に味方しても何の利益もないのに、逆境に争う意思の強さからも、生徒会長にふさわしい人間だった。そういう人間には心からリスペクトを送りたい。

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